製造業において、生産性をどのように向上させるかは非常に大きな課題です。作業効率が上がれば売り上げも比例し、逆に作業効率が落ちると全体の売り上げに大きな影響を与えます。
作業効率上昇は会社の存続にも関わる要素のため、これまで多くの会社で、さまざまな試みが行われてきました。そんな製造業で、現在トレンドになっているのが多能工化です。
今回は製造業で多能工化が広く求められる理由、そして多能工化に成功する企業の特徴や進め方について取り上げます。
多能工とは
多能工はマルチスキル、マルチタスクとも呼ばれており、ひとりの従業員が複数の作業を行えるように教育し、特定の従業員にしかできない業務をなくす労働スタイルです。
製造業のみならず幅広い業界、企業で取り入れられており、多能工も一般的になりつつあります。それまで、製造業では単能工と呼ばれる働き方が一般的でしたが、この単能工が多能工を生み出すひとつのきっかけとなりました。
以下、多能工と単能工の違い、そして多能工が生まれた背景について、詳しく紹介します。
単能工との違い
単能工と多能工の違いを説明する前に、まずは単能工について簡単に説明します。単能工とはひとりでひとつの業務を行い、専門性を極める労働スタイルです。
たとえば、工場の生産ラインには部品を作る、部品を組み立てる、商品の検品を行うなど、複数の業務が存在します。それらの工程に、それぞれの業務の専門家である従業員を配置し、仕事をさせるのが単能工です。
単能工を採用するメリットとしては、イレギュラーな事態が発生したときの対処スピードの速さが挙げられます。長く業務を行っているスペシャリストたちは、ほかの従業員にはない知識と経験を活かすことで、素早いトラブルへの対処が可能です。
また、問題解決時のみならず、作業工程で疑問点があるときに誰に話を聞きに行けばよいのか明確なので、後進の育成面でもメリットがあります。
デメリットとしては、専門家であるがゆえに、ほかの従業員との替えがきかない点です。もし体調不良や自己都合で欠勤するような事態になれば、それだけで担当している工程の作業が滞ってしまいます。これでは仕事になりません。
そして専門家と聞くと聞こえはよいですが、自分が専門に行っている作業以外は知識も経験も持っていないとも言えます。キャリア形成を考えたとき、選べる企業の選択肢が狭まってしまう、なくなってしまうのも単能工のデメリットと言えるでしょう。
多能工が生まれた背景
では、現在単能工に変わって広く認知されている多能工は、どのような経緯を経て生まれたのでしょうか。多能工の発祥は、世界的に有名な企業であるトヨタ自動車です。当時副社長だった、大野耐一氏によって提唱された働き方でした。
トヨタ自動車に勤める前に、トヨタ紡績で働いていた大野氏は、ある日紡績工場では従業員がひとりで複数の機械を操作しながら作業工程をこなすのに対して、自動車の工場ではひとりでひとつの機械しか操作しない、できないことに気がつきます。
そこで大野氏は、ひとりでも複数の工程をこなせる知識や技術を従業員に教育、訓練する、多能工化に着手しました。これが多能工の基礎となった「トヨタ生産方式」と呼ばれる考え方です。
多能工化を進めた結果、自動車工場では人手が足りない工程の作業員増員や、逆に人手が余っている部署の人員を別部署に配置するなど、状況に応じた人材配置を行えるようになりました。
こうして、多能工が自動車工場の生産性を高めた実例ができたことで、今では多くの業界や企業が多能工化を進めています。
製造業で多能工化が求められる理由
多能工のメリットや、生まれた背景について簡単に紹介してきましたが、保守的な考え方をする日本の企業がこれほど多能工化を進めているのには理由があります。ポイントは、現在の日本の労働人口と、労働スタイルの変化です。
労働人口の減少
多能工化が進んでいる大きな理由のひとつが、日本の労働人口の減少です。日本では少子高齢化が社会問題となって久しいですが、2022年には15歳から64歳の生産年齢人口が5975万人と、前年に比べて6万人も減少しています。
労働人口が減ればそれだけ人材の獲得が難しくなりますし、製造業において重要な生産性も上がりません。そのため、従業員がひとりで複数の作業工程を担当する多能工化に頼る必要があったのです。
働き方改革の推進
もうひとつの理由は、働き方改革の推進です。働き方改革とは、上記の労働人口の減少にともない、減少が危惧されている国全体の生産力、国力の低下を防ぐために、政府が行っている一連の取り組みを指します。
これまで高齢者の就労促進、正社員と非正規の格差是正などの対応が行われてきましたが、多能工化を進める最も大きな要因となったのは労働時間の規制です。
1か月に働くことができる時間が定められ、限られた時間、人材で企業は成果を上げる必要に迫られました。その結果、製造業をはじめとする各業界、企業で多能工が採用されたのです。
多能工のメリット
ここまで、製造業でマルチスキルが求められるようになった背景を取り上げました。続いて、より詳しく多能工の有用性について紹介します。マルチスキルを身につけるメリットとして、主に挙げられるのは以下の4つです。
業務負担を平準化できる
従業員が複数の作業工程を学び、技術と知識を身につけることで、従業員にかかる負担を平準化できます。従来の働き方では、作業工程に詳しい専門家ひとりにかかる負担が膨大で、かつスペシャリストが欠勤した場合の作業効率の低下が顕著でした。
しかしマルチスキルを習得できれば、突発的なトラブルや繁忙期などで進捗に問題が起きても、人手が必要な部署や工程に人員を回すことができます。
担当業務の偏りや仕事量の不平等を改善でき、残業時間も減るので、働き方改革にもつながり、従業員にとっても企業にとってもメリットが大きいです。また、業務の負担が減った担当業務の専門家が、後進の育成に集中できる利点も大きいでしょう。
チームワークの向上につながる
従来の働き方では、自分の担当業務にのみ注力するだけで仕事も進みました。しかしそれでは、ほかの業務や従業員に対する理解が進みません。
多能工を行えば、自分の担当業務以外の工程への理解が高まり、チームワークの向上につながります。マルチスキルを行うにあたって、必然的に従業員同士が作業工程を教え合う機会が増えるので、積極的にコミュニケーションを取れる組織が作り上げられます。
また人に教える際、どうすれば相手に伝わるか考え、工夫することで、教える側の作業工程に対する理解も深まります。相互理解が深まり、お互いをフォローし合う良好な関係構築が可能になるのも、多能工化のメリットです。
柔軟性の高い組織作りができる
マルチスキルを習得した従業員がいると、状況に応じてフレキシブルな対応ができる組織作りが可能です。
たとえば、とある作業工程に欠員が出て作業効率が落ちてしまった場合、多能工化を進めている企業であれば他部署からヘルプの人員を呼び出し、欠員分のフォローを行えます。単能工を中心に構成された組織では、こうした対応は不可能でしょう。
業務を可視化してリスクを回避できる
多能工化を進めるにあたって、従業員へ闇雲に業務知識や技術を与えるだけでは、ただ従業員の負担を増やすだけです。企業サイドはどの業務工程を教えるべきなのか、取捨選択する必要があります。
その場合、業務工程すべての洗い出し、つまり業務の可視化を行えば、どの作業でミスが起きやすいのか、ミスを犯さないためにはどうすればよいのか確認するのが容易です。その際発生しやすいトラブルのチェックもできるので、リスク回避にもつながります。
多能工のデメリット
ここまで企業が多能工化するメリットについて取り上げてきましたが、当然マルチスキルを推進するデメリットも存在します。メリットだけでなく、起こりえるデメリットも把握したうえで、導入すべきか判断しましょう。
人材の育成に時間がかかる
複数の業務を行えるマルチスキルを有した人材は、企業にとって魅力的でしょう。ひとりで複数人分の仕事をこなし、欠員が出た工程の対応もスムーズに行えます。
しかし、複数の工程をこなせる人材の育成には時間と労力が必要です。単純な工程を教えるだけならともかく、業界特有の専門知識、技術が求められるような業務を複数教える場合は、研修だけではなくOJTも行わなくてはなりません。
つまり、長期的かつ計画的に人材育成をする根気強さが求められます。
モチベーションの低下につながる可能性がある
世のなかには、ひとつの業務工程をコツコツと行い、その業務を極めるのが得意な人もいれば、複数の業務をスムーズにこなす人もいます。マルチスキルは人によって向き不向きがあるので、事前に従業員の適性を見極め、適切な業務を担当させることが大切です。
また、経験がほとんどない新人に複数の業務を習得させる場合、本人にとって大きなストレスになります。上手くこなせないと業務意欲が削がれ、パフォーマンスに多大な影響を及ぼすので、定期的にコミュニケーションを取るなど従業員の様子に気を配りましょう。
適正な人事評価制度が必要となる
多能工を進めるにあたって、企業側は人事評価制度の整備を行いましょう。せっかく習得した技術や知識を活かして業務に貢献しても、適切な評価、報酬を得ることができなければ、従業員のモチベーションは低下します。
最悪の場合、育成した人材が早期退職するおそれもあるでしょう。マルチスキルを行うメリットが従業員にも伝わる、わかりやすい評価制度が理想です。
多能工に成功する企業の特徴
多くの企業で導入されているマルチスキルですが、デメリットにも記載したとおり、従業員にとって負担の大きい労働スタイルです。
ひとりで決まった時間内に複数の業務をこなすのは簡単ではないですし、人材育成の手間もあるので、企業によっては多能工化に失敗する場合もあります。
では、多能工化に成功する企業の特徴とは何でしょう。主なポイントは、以下の3つです。
経営陣にリーダーシップがある
マルチスキルを持った従業員の育成には、時間がかかります。さらに、育成担当の人件費や労働環境を整える費用まで考えると、お金の問題も無視できません。
そのため、経営陣は最後まで計画を遂行する強い意志、そしてリーダーシップが求められます。新しい組織の仕組みを作るにあたって、重要なのは最後まで粘り強く計画を進められる、折れない心です。
もちろん、ただ突き進むだけでなく、課題が見つかったら立ち止まって、改革案を見直す必要もあります。
従業員からの協力を得ている
多能工化を成功させるには、従業員の協力が必要不可欠です。複数の業務をひとりで行うために長い時間をかけて専門知識、技術の習得を目指すので、中途半端なモチベーションの従業員では耐えることができません。
上層部から指示されて嫌々マルチスキルの勉強をするのと、意欲を持って学ぶのでは、成長速度が異なります。そのため、企業サイドは従業員たちの協力を得るためにも、まず彼らのモチベーションを上げる努力が必要です。
現場のニーズや従業員の声に耳を傾け、対話を重ねれば、自然と従業員たちのモチベーションも上がり、協力を得やすくなるでしょう。
可視化するためのシステムを導入している
育成計画を進めるのであれば、データを可視化できるシステムを導入すべきです。新しい知識や技術をどの程度習得し、活用できているのか実感するのは簡単ではありません。
そこで、数値というわかりやすい情報を利用します。最近ではデータの収集や管理を行なってくれる、さまざまなシステムやプラットフォームが提供されているので、必要に応じて導入するとよいでしょう。
多能工化の進め方
多能工化然り、従来とは異なる仕事のシステムを導入する場合、いくつか大きなハードルを乗り越える必要があります。逆に言うと、そのハードルさえ乗り越えてしまえばマルチスキルを導入し、会社に馴染ませるのは十分可能です。
ここでは、具体的な多能工化の進め方について説明します。実際にマルチスキルを推進するにあたって、重要なポイントは以下の4つです。
必要な業務を洗い出す
最初に行うべき作業は、業務の洗い出しです。思いついた業務をすべてマルチスキル化すると、ただ従業員の仕事が増えるだけで、全体の作業効率が落ちてしまいます。
まずは業務全体の作業工程を見直し、どの業務を多能工化するか考えましょう。具体的には、コストがかかる作業や人手が足りない業務をマルチスキル化すると、全体の作業効率がアップします。
その際、作業ごとにどのようなスキル、知識が必要なのかもまとめておきましょう。後述する業務を可視化するときや、育成計画を立てるときの参考になります。
業務を可視化する
業務の洗い出しが終わったら、次は業務の可視化を行います。具体的な方法としては、スキルマップを作成するのがよいでしょう。
スキルマップとは、各従業員の現在の業務に関する技術レベルを表にしたもので、誰にどのスキルが備わっているのか、業務が誰かに偏っていないかなどがわかります。
スキルマップを作ったあとは、マルチスキル化をするために必要な作業、無駄な作業の検討をしてからまとめましょう。その際、業務をまったく知らない第三者でもわかる形でまとめるのがベストですが、おすすめの方法はマニュアルの作成です。
マニュアルは作業工程を一覧化するだけでなく、文字や画像、図などを用いて読み手にわかりやすく情報を伝えられます。作り方次第では長く使用できるので、作成時は構成案からこだわって作りましょう。
マニュアルの作成には、専用ツールの利用がおすすめです。マニュアルは作れば終わりではなく、その後も業務内容の更新にともない、改稿を重ねる必要があります。そのため、一定のフォーマットで更新や管理作業をスムーズに行える環境を整えましょう。
印刷会社のノウハウを活かした「マニュサポ」は、こちらで紹介しています。
育成計画を作成する
業務の可視化まで終わったら、いよいよ育成計画の作成に着手します。育成計画はその名のとおり、マルチスキルを習得してもらう従業員に対し、どの程度の期間で、どんなスキルをどのように取得してもらうかをまとめた計画です。
育成計画は、必ず従業員ファーストで考えましょう。育成計画を考えるのは企業側ですが、実際に計画通りに実行するのはマルチスキルを習得する従業員です。
明らかに短い期間で、大量の業務知識、技術を学ばせようとするなど、無茶な計画を立てると従業員のモチベーションにも大きな影響を与えます。また、従業員の適性に合わせて育成計画を考えるのも重要です。
たとえば、時間をかけて丁寧な作業をするのが得意な従業員に、短時間で大量にこなす必要がある業務を振り分けてしまうと、従業員の強みを消してしまいます。事前に従業員に対して聞き取りを行うなどして、本人の意志確認も踏まえた計画作りを目指しましょう。
定期的な評価や振り返りで定着させる
多能工化を進める際は、育成計画の進捗管理を行いながら定期的に評価や振り返りを行いましょう。当然ですが、考えた計画がすべて上手くいくとは限りません。
そのため、計画どおりに従業員の育成が進んでいるか、トラブルが発生していないか確認し、必要であれば計画を修正しましょう。評価や振り返りの際は、従業員としっかりコミュニケーションを取って、不安や不満を抱えていないか確認します。
明らかにモチベーションが下がっている場合は原因を取り除くか、思い切って担当部署を変えるなど、その場に応じた判断を下しましょう。
まとめ
以上、製造業で多能工化が求められる理由、そして成功する企業の特徴や進め方について紹介しました。
労働人口のうち、とくに重要な生産年齢人口が減少している昨今、製造業の多能工化の広まりは自然な流れだったと言えるでしょう。もちろん依然としてマルチスキルには課題がありますが、今後も積極的に取り入れるべきシステムです。
ただし、多能工化を進めるにあたって、ただ他社の成功例をなぞるだけでは自社にとって適切な組織改革はできません。自社の業務内容を洗い出したうえで、どの部署、どの作業フローに人材育成の労力と時間をかけるべきか判断しましょう。
また、マルチスキルを実行するのは従業員です。従業員と積極的にコミュニケーションを取り、従業員の理解を得ることができれば、よりスムーズな多能工化が目指せるでしょう。