新型コロナウイルスの感染拡大は、日本でも緊急事態宣言が出され、生活に大きな影響を与えました。コロナ禍のなかで一気に広がったことに、テレワークや在宅ワーク、リモートワークなどの働き方の変化があります。
また社会の急激な変化のなか、行政サービスの手続きの遅さや押印を求めるシステムなど、デジタル化の遅れが問題として浮彫りとなり、政府は異例の速さでデジタル改革関連法案をつくり、成立させました。
今回は、DX推進に影響を与えるデジタル改革関連法案についてご紹介します。
目次
デジタル改革関連法案とは
デジタル改革関連法案とは、煩雑な手続きが必要な行政システムをデジタルによって統一し、国民の生活の利便性を上げるために、政府が立法した法律案のことです。
デジタル改革関連法案は、6つの法律の総称であり、2021年5月12日に国会参院本会議で可決され成立しました。
そのなかの2つ目の法律「デジタル庁設置法」により、2021年9月1日に新たに設けられのが、デジタル庁です。河野太郎大臣を据え、日本国内のデジタル社会を築く指揮官として動きはじめました。
デジタル改革関連法が成立した背景
デジタル改革関連法が成立した背景には、スマートフォンをはじめとして、デジタル機器によるデータの蓄積が急速に進み、社会でのデータ活用がなくてはならない存在になったことがあげられます。
デジタル改革関連法が成立する前の法体系では、データの活用に制限がかかり、また新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、行政手続きの遅れが露わになりました。
コロナ禍における日本経済の打撃から少しでも早く回復するため、注目された給付金支給では、手続きの複雑さや配布の遅さが浮き彫りになりました。また政府が導入したマイナンバー制度を使った申請手続きでは、トラブルが発生しました。
これらの問題が、政府あげてのデジタル改革関連法の成立を急いだバックグラウンドにあります。
デジタル改革関連6法の内容
デジタル改革関連法は、デジタル社会を進めるため成立した、6つの法律の総称です。
1. デジタル社会形成基本法
2. デジタル庁設置法
3. デジタル社会形成整備法
4. 公金受取口座登録法
5. 預貯金口座管理法
6. 自治体システム標準化法
以上6つの法律で構成されており、とくに変化の大きいものは3番目の「デジタル社会形成整備法」による、ハンコが必要だった書類への押印義務の緩和・廃止です。
また契約時などで必要だった書面化義務が緩和され、ハンコを用いた紙の書類での契約から、電子署名による電子契約を利用できるようになりました。
行政手続きのペーパーレス化に対応して、民間企業でもオンライン化が進み、業務の効率化やスピードアップ、コスト削減が期待されています。
デジタル社会形成基本法
デジタル社会形成基本法は、デジタル社会を形成するための10つの原則をもとに、基本理念を明示した法律のことです。
日本経済の持続的で健全な発展と、国民の幸福な生活を、デジタル社会によって実現する目的で成立した、デジタル改革関連法の根幹をなす法律になります。
これにより2000年に制定されたIT基本法は廃止され、デジタル社会形成基本法に引き継がれました。IT基本法は高度情報ネットワークの普及に重点がおかれていましたが、この法律は、データの利用・活用によるデジタル社会の発展に焦点があてられています。
またこの法律によって、IT本部も廃止され、デジタル庁へ役目の移行が、規定されました。
デジタル庁設置法
2021年9月1日、デジタル庁設置法によって新たにデジタル庁がおかれました。内閣総理大臣を長とする内閣直属の組織として位置づけられており、デジタル大臣のほか、特別職のデジタル監がいます。
主な役割は、デジタル社会形成のための基本的な方針の企画や立案をすること、そして国の情報システムの統括、管理などです。
具体的にはマイナンバーのデータを活用する業務の推進、自治体共通のデジタル基盤の構築に向けた企画と総合調整などがあります。デジタル社会の実現に向けた改革の指揮官として、行政サービスの向上が目的です。
デジタル社会形成整備法
正式名称は「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」といい、今ある法律のなかで、デジタル社会にあうように改正していくための法律になります。
主に、個人情報保護法やマイナンバー法、公的個人認証法が、デジタル社会形成整備法により改正されました。
具体的には国や民間の枠をこえたマイナンバーの情報連携、マイナンバーカードの普及やオンライン手続きの推進、押印や書面を求める手続きの見直しが、この法律によって可能になります。
公金受取口座登録法
正式名称を「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律」といいます。公金の給付をすみやかに行えるように、申請手続きや給付を迅速に行うことが目的です。
事前に銀行口座に給付金を受け取れるようにオンライン申請し、緊急時や児童手当など、すぐに必要なお金が受け取れるようなシステムが計画されています。
預貯金口座管理法
「預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律」が正式名称で、略称が「預貯金口座管理法」です。
本人の意思に基づき、複数の金融機関の預貯金口座をマイナンバーによって、管理を行える仕組みを構築していく目的でつくられた法律になります。
今までは金融機関ごとに申請、本人確認が必要でしたが、マイナンバーを用いた管理を希望すると、ひとつの金融窓口での手続きで、ほかの金融機関の預貯金口座の確認作業ができるシステムになります。
この仕組みにより、災害時や相続時に預貯金口座を調べる手続きの負担が軽くなり、簡素化が可能です。
自治体システム標準化法
「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」を正式名称とする法律です。自治体ごとにバラバラの情報システムを、国が基準をつくり、標準化することを目的とした法律となっています。
目的は地方公共団体の行政サービスの効率化、住民の利便性の向上です。しかし生活保護から児童手当、住民基本台帳など、幅広く様々な行政運営をしている自治体にとって、どのような基準の情報システムとなるのか、その内容はまだ不明となっています。
デジタル庁の基本知識
2021年9月1日に発足したデジタル庁は、デジタル社会の形成に関わる行政サービスを素早く、かつ集中的に行えるように、内閣事務を支援する目的で設置されました。
主に、デジタル社会形成のための、基本的な方針の企画の立案や、マイナンバーの利用に関する情報ネットワークの設置・管理、国や地方公共団体の情報システムの統括・監理などを任務としています。
デジタル庁が設置された背景は、新型コロナウイルス感染症の拡大をうけ、給付金の支給やワクチン接種などの対応の遅れや混乱が生じ、改めて日本のデジタル化の遅れが顕在化したことです。
また縦割り行政による、手続きの複雑さや遅さ、国と地方自治体の連携もスムーズではなかったことも設置理由となっています。
組織体制
デジタル庁は内閣直属の機関として位置しており、内閣総理大臣がトップの組織です。長である内閣総理大臣を補助し、庁の事務を管理統括するのがデジタル大臣となります。
その下に副大臣、大臣政務官とつづき、特別職としてデジタル監が置かれ、内閣が任免します。
さらに、公務員だけでなく民間からも積極的に人材を広く募り、CTO(最高技術責任者)やCDO(最高データ責任者)などを置き、業務内容に適した人材で任務にあたる組織体制です。
取り組み内容
「誰ひとり取り残されない、人に優しいデジタル化」をデジタル庁の基本理念として、一人ひとりのニーズに合ったサービスで、さまざまな幸せを実現する社会を目指しています。
その実現のため、5つの大きな取り組みを掲げており、主な取り組み内容は、自治体との共通情報システムの構築や整備、膨大にあふれるデータの活用戦略です。
徹底したUI・UX/国民向けサービスの実現
現在、国や地方公共団体では、行政サービスを行うシステムが個別になっています。
マイナポータルなどのUI(ユーザーインタフェース)・UX(ユーザーエクスペリエンス)を徹底的に改善し、データの連携や整備、ルールなどを整えて、国民が使いやすい仕組み作りを目指しています。
マイナンバー・マイナンバーカードなどデジタル社会の共通機能の整備・普及/PFとしての行政
マイナンバーの広い普及と活用に取り組み、マイナンバーカードの交付枚数は全国平均63.5パーセント(2023年2月末時点)となっています。
そしてマイナンバーをつかい、データの連携ができるガバメントクラウド(Gov-Cloud)の整備・運用を目指しています。ガバメントクラウドとは、政府が提供する共通的な基盤と機能もつクラウドサービスのことです。
各省庁が作成する標準仕様書については、ガバメントクラウドの活用をすすめ、2025年度末には、国・地方自治体のプラットフォーム(PF)としてガバメントクラウドを利用できるように実現を図っています。
データ戦略(ベース・レジストリの整備/トラストの確保/DFFTの推進)
行政手続において一度提出した情報は二度ださない、いわゆるワンスオンリーの実現を目指しています。そのためにはマイナンバーや法人、土地など、社会の基盤となる情報をデータとして整備・活用することが必要です。
基礎となるデータベースは正確性や最新性が確保された情報であり、公的機関等で登録・公開され、様々な場面で参照される、人、法人、土地、建物、資格等の社会の基本データベースです。
これをベース・レジストリと呼び、社会全体の効率性の向上を図るとともに、スマートシティ等の新しいサービスへの足がかりとして整備していきます。
さらにデータを安心安全に使うために、信頼性(トラスト)とプライバシーやセキュリティ、知的財産などの安全を確保した仕組みを整え、そのうえで自由なデータの流通(データ・フリーフロー・ウィズ・トラスト(DFFT))を最重要の課題として取り組んでいます。
官民をあげた人材の確保・育成
デジタル化による改革の大きな問題は、デジタル技術を扱う人材の不足です。そのためデジタル庁では、政府や民間の分け隔てなく人材の交流を実現します。
またデジタル社会に必要な情報教育を、年代を問わず学び続けるプログラムを充実させて提供することに重点をおいています。
新テクノロジーを大胆に活用調達や規制の改革
デジタル庁は、AI、アジャイル開発、マイクロサービスなど、最先端技術を大胆に取り入れたシステムの整備や運用を行う予定です。
そしてデジタル化の効果を最大限発揮するため、現場のデジタル化を阻む規制や制度の横断的な見直し、規制改革をしていきます。
デジタル改革関連法とデジタル庁設置による影響
政府が一丸となって進めているデジタル化は、大企業だけでなく中小企業にも影響がおよぶと考えられています。とくにレガシーシステムとよばれる情報システムを使っている企業では、最新技術への対応が難しいため、よりDXの必要性が表れてくるでしょう。
そしてオンライン化が進むことで、働く場所や移動の制約がなくなり、在宅ワークやテレワークなど、出勤せずに働ける柔軟な勤務形態が広がることにつながります。
マイナンバーカードの利便性向上
身分証としての利用、健康保険証との一体化のほか、運転免許証との一体化も行うなど、マイナンバーカードの利便性向上をすすめています。
現在考えられているのは、マイナンバーカードの音楽ライブやエンタテインメント公演での利用です。関係する団体との協議をすすめ、デジタル庁は、2023年度中の実証実験を考えています。
行政サービスの利便性向上
マイナンバーカードを使い、オンラインで手続きできる行政サービスを増やしていく予定です。まず、出産や子育てに関する手続きの全面オンライン化を目指して、政府が動き出しています。
役所などに出向いて手続きしていた母子健康手帳、児童手当の申請を、オンラインでできるようにするほか、郵便など紙の書類で送られてくる予防接種、乳幼児健診の連絡のオンライン化実現を目標にしています。
またモデル事業として運用がはじまっているのは、運転免許証の更新です。講習区分が優良、いわゆるゴールド免許限定で、2022年より北海道、千葉県、京都府、山口県ではじまっており、2024年をめどに全国での運用開始をすすめています。
脱ハンコ・ペーパーレス化の加速
行政手続きのデジタル化により、紙に書く書類での申請、押印の見直しがされたことで、民間企業でも脱ハンコ・ペーパーレス化が進むとされています。
デジタル改革関連法で、とくに不動産業界に関係する、建築士法や宅地建物取引業法、建設業法などで書面化義務の緩和が行われました。
これにより可能になったのが、紙での契約からオンライン契約への変更です。不動産業界に関連する企業だけでなく、ほかの民間企業でも脱ハンコ・ペーパーレス化が加速し、事務作業の効率化とコスト削減が期待できます。
また、契約書のみならず、業務マニュアルのペーパーレス化もPDFやクラウドサービスなど、さまざまなかたちで広まっています。
電子マニュアルと紙マニュアルの違いについて、こちらで解説しています。
大都市一極集中からの脱却
業務のオンライン化が広くなされると、必ずしも会社に出勤する働き方だけではなくなり、テレワークやワーケーションなど、場所と時間の制約なく働くことが可能になりました。
そのため会社を、経費のかかる首都圏や大都市圏に構える必要も少なくなり、都市部以外の地方に移転することもできます。これにより通勤ラッシュから解放され、働く人の住む場所も選択肢が増え、柔軟な働き方へシフトチェンジが可能です。
中小企業のDX推進
行政サービスのオンライン化により、期待されていることは、これまでデジタル化が進んでいなかった中小企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)です。
オフィスコンピューターを使ったシステムや、独自のOSで動くオープン系システムなど、レガシーシステムを導入している企業にとっては、DX推進の大きなきっかけにつながります。
まとめ
デジタル改革関連法が成立したことにより、世界からの後れをとっていた日本は、デジタル化による行政サービスの利用、膨大なデータの活用がより一層進むことになりました。
司令塔となるデジタル庁が設置され、行政への申請手続きのペーパーレス化、オンライン化がますます推進されていきます。
それにともない、民間企業でも業務作業のオンライン化へと舵が切られ、DX推進はますます浸透していくと思われます。たとえば、クライアントがオンラインのみでの取引となれば、まだ導入していない企業でも必要に迫られ、考慮していかなければなりません。
システム関係の業務をされている方には、仕事への影響が高い法律となるため、デジタル改革関連法はよく確認しておく必要があるでしょう。