取扱説明書の中で、同じ意味の言葉は、同じ言葉でなくてはなりません――これだけ聞いても、何を言っているのか分からないかもしれませんね。今回のテーマは「言葉の統一」。分かりやすい取扱説明書を作るために、実はとても大切なことなんです。実例とともに、詳しく解説していきます。
目次
いきなり実践。どこがおかしい?「プリンター」の取扱説明書
こちらに、今回のテーマ「言葉の統一」に関する問題がある取扱説明書をご用意しました。
詳しい解説に入る前に、一度、この取扱説明書の校正に取り組んでみてください。キーワードは「同じ意味の言葉を、同じ言葉に…」ですよ!
解説 ~表記、用語のゆれを直す~
同じ言葉でも、表記が違うものってありますよね。日本語には漢字、ひらがな、カタカナ、場合によってはアルファベットと四種類の表記方法がありますし、同義語も多様です。同一文書内で、同じ意味の言葉の別表記が混在していることを、「表記ゆれ」と言います。表記ゆれは読み手の理解を妨げたり、混乱させたりする可能性があります。また、体裁も悪いことから、読みづらい取扱説明書になり、結果的に読み手に取扱説明書そのものが信用できないような印象を与えることにも繋がります。
表記ゆれは一概に「どちらの表記が正しい」と言えない場合も多いです。大切なのは「表記を統一する」こと。前項の「プリンター」の取扱説明書を例に、どのような表記のゆれが発生しやすいかを理解し、「表記を統一する」意識を養っていきましょう。加えて、用語の統一にも触れていきます。
ゆれ その1:漢字
同じ意味なのに複数の漢字表記が存在している場合があります。どちらも間違いではない、という場合でも、同じ文書の中では表記を統一する必要があるでしょう。
「プリンターが作動する」という意味で使用されている「かどう」ですが、「どう」の字が異なっていますね。「稼働」…人が仕事をすること、「稼動」…機械が仕事をすること、とする場合もありますが、明確な使い分けが困難な場面も多く、混乱を避けるために、メディアでは「稼働」に統一しているようです。
ゆれ その2:漢字とひらがな
漢字とひらがなで、文書内に表記のバラつきが発生することもよくあります。
一か所だけ、「~ください」が漢字になっています。漢字表記「下さい」はよく見かけますが、このような補助動詞の場合はひらがな表記が望ましいと考えられます。(『公用文における漢字使用等について』平成22年11月、内閣訓令第一号)。ここは、ひらがなに直しておくのが無難でしょう。
ちなみに、「くれ」の尊敬語として使用する場合は、漢字で表記します(例:「プリンターのインクが切れたので、インクカートリッジを下さい。」)。
「時」「とき」の混在もよくある事例です。このような『場合』を表す意味で使用される「とき」はひらがなで表記するのが望ましいでしょう。「時の流れ」「先日お話した時」のように、『時間』『時期』を意味する普通名詞として使用する場合は、漢字で表記します。
ゆれ その3:送り仮名
正しい送り仮名は一つだと思うかもしれませんが、中には、使用が認められている送り仮名の付け方が複数存在する漢字もあります。内閣告示の『送り仮名の付け方』では基本的なルールに準じた送り仮名を「本則」、慣例により使用が認められるとする送り仮名を「許容」として記載しています。
「行う」「行なう」の二種類の送り仮名が登場していますが、「行う」は本則、「行なう」は許容としてどちらも使用が認められています(『送り仮名の付け方』平成22年11月、内閣告示第三号)。動詞は活用語尾を送るという原則から、基本的には「行う」としておけば問題ありませんが、「行なう」も間違いではありません。
送り仮名を付けるか付けないかという観点もあります。
上記の『送り仮名の付け方』では、複合語で読み間違えるおそれのない場合は送り仮名を省くことができるとされています。
この場合は、文書のタイトルが「取扱説明書」ですから、本文中も送り仮名なしの「取扱説明書」で統一するのが良いでしょう。
ゆれ その4:カタカナ
主に外来語に使用するカタカナ表記ですが、特にカタカナ表記に起こりがちな表記ゆれも存在します。
【語尾の長音記号(ー)の有無】
「ドライバー」と「ドライバ」が混在しています。他にも「コンピューター/コンピュータ」「ブラウザー/ブラウザ」などIT用語で多く見られる文末の長音記号の省略ですが、この根拠はJIS Z8301『規格票の様式及び作成方法』に記載されていたルール:「3音以上の用語の場合は長音符号を省く」にあると考えられます。しかし、このルールも2019年に改正され、現在は文化庁によって定められた「英語の語末の‐er,‐or,‐arなどに当たるものは、原則としてア列の長音とし長音符号「ー」を用いて書き表す。ただし、慣用に応じて「ー」を省くことができる。」(『外来語の表記』平成3年6月、内閣告示第二号)に準拠するとされています。
つまりどういうことかというと、どちらでも良いということです。現在は、メディアや大手企業の動きなどから、長音記号を付ける表記が主流となりつつあります。時流と、社内のルール、慣例を鑑みて検討しましょう。
【正式名称と略称の混在】
このような表記ゆれがあると、もし「スマホ」と「スマートフォン」が同じものだと分からない人がいた場合に説明が成り立たないことになりますよね。「スマホ」くらい一般的に使用される略称であればあまり考えられませんが……。体裁も良くありませんし、避けるべき表記ゆれです。
略称が十分に一般的でないと判断される場合は、正式名称を使用するか、初出の際に正式名称と略称を併記し、二回目以降から略称を使用するなどの配慮が必要になります(「日本語スタイルガイド 第3版」2016)。
ゆれ その5:カタカナとアルファベット
外来語の中には、カタカナ以外にアルファベットの略語で表記できるものもあります。
こちらも前述の「正式名称と略称の混在」と同じ理由で、避けるべき表記ゆれです。他にも「ダウンロード/DL」「ダイレクトメッセージ/DM」などが挙げられます。また、このようなアルファベットの略語には、二種類以上の意味が存在することもあるので注意が必要です。例えば「CS」は「顧客満足(Customer Satisfaction)」「カスタマーサポート(Customer Support)」「カスタマーサクセス(Customer Success)」と、多様な使われ方をします。読み手の混乱や誤解を避けるため、略語の使用は慎重に行いましょう。
ゆれ その6:アルファベット
アルファベットで特有の表記ゆれといえば、やはり大文字と小文字です。
すべて大文字か、一文字目が大文字で二文字目以降が小文字か……すべて小文字で「web」とする選択肢もありますね。どれが正しいかと言われると、その文書の表記の方針によるとしか言いようがありません。文書内で明確なルールを設定し、運用するようにしましょう。
例えば、
・いくつかの単語の頭文字を使った略語 → すべて大文字(例:「Compact Disc」→「CD」)
・ひとつの単語の場合 → 一文字目が大文字で二文字目以降が小文字 または すべて小文字(例:「World Wide Web」 → 「Web」または「web」)
と考えることもできます。
ゆれ その7:同義語、類義語
同義語や類義語をたくさん使用して無駄に多様な表現をすると、これも誤解や分かりにくさに繋がります。取扱説明書では「語彙が豊富」であることよりも、「語彙が整理されている」ことが望まれます。
「QRコード」と「二次元コード」は同じものを指していますが、知らない人にとっては別なものと解釈されてしまいますね。余計な混乱を避けるため、統一するようにしましょう。ちなみに、「QRコード」は、株式会社デンソーウェーブ様の登録商標ですので、「QRコード」という名称を使用する場合は、上記のように登録商標文を併記するようにしましょう。「二次元コード」は一般名詞ですので、注記は不要です。
「用紙をセットする。」と「用紙を入れる。」で、意味は同じですが、パッと見たときに同じ作業内容ではないように見えるため、読み手がスムーズに理解する妨げになります。あえて違う書き方をする=違う作業なのでは、と深読みする読み手もいないとは限りません。これも統一が必要です。
参照ページの書き方も表記ゆれが起こりやすい事例です。上記の「P.○○」「○○ページ」以外にも、「p.〇〇」「○○P」、また、「P/p」のあとにピリオドがあるかないかなど、挙げ出したらきりがありません。そして、どれも間違いではないので、原稿作成中にはずみで混在してしまう場合があります。最初にルールを決め、原稿執筆中は常に意識するよう心がけましょう。
用語
商品名、パーツ名、モード名など製品特有の用語は、一般的な名詞とは異なり、統一されていないと、もはや何を説明しているのか伝わりようがありません。当たり前ですが、確実に押さえておきましょう。
本文中に「電源スイッチ」という用語が頻出していますが、各部の名称では「電源ボタン」となっています。これではせっかく最初に各部の名称を紹介した意味がありませんね。
まず、各部の名称に記載している名称の用語をチェックし、正しいことが確認できたら、「本文中の用語が各部の名称と一致しているか」という視点でチェックしていくと良いでしょう。
製品に画面表示がある場合は、「製品側の表示」の用語と「説明文で使用している」用語の一致にも気を付ける必要があります。
製品側の表示は「印刷」という用語を使用しているにも関わらず、説明文は「スタート」という用語を使用しています。これでは、いったいどこをクリックすれば良いのか分かりません。
まとめ
今回は、「言葉の統一」をテーマに、表記や用語の統一について説明しました。
細かな表記や用語の違いにまで気を配るのは大変ですが、一つ一つ積み重ねることで、読み手にとって分かりやすく、安心感のある取扱説明書が出来上がることでしょう。取扱説明書を通して読み手が安心して製品を使用できる環境を整えることで、企業イメージの向上にも繋がるはずです。
マニュサポでは、取扱説明書制作のプロの視点から、それぞれの取扱説明書にあった表記をご提案できます。原稿の表記チェックなどにも対応しておりますので、ご自身の作成された取扱説明書に気になる点がありましたら、お気軽にお問い合わせください。
【参考文献】
一般社団法人テクニカルコミュニケーター協会 『日本語スタイルガイド 第3版』2016、一般社団法人テクニカルコミュニケーター協会出版事業部会
『公用文における漢字使用等について』平成22年11月、内閣訓令第一号
『送り仮名の付け方』平成22年11月、内閣告示第三号
JIS Z8301『規格票の様式及び作成方法』
『外来語の表記』平成3年6月、内閣告示第二号