ベテラン社員が持つ高度な技術を次の世代に引き継ぐことは、企業にとって非常に重要な課題です。技術伝承は、企業の存続や発展、生産性に大きく影響します。しかし、技術伝承に取り組んでない、または取り組んでいても不完全な企業もあります。
技術伝承を実行するためには、マニュアルの確立が有効です。マニュアルを活用することにより、技術伝承がスムーズに進みます。
今回は技術伝承の課題、問題点を解決するための方法、技術伝承のためのマニュアルの作り方、マニュアルを活用して技術伝承を行う方法について解説します。
技術伝承とは
技術伝承とは、ベテラン社員が持つ技術や知識・ノウハウや手順を後継者に引き継ぐことを指します。企業の技術力や生産力や競争力を維持するために、技術伝承は必要不可欠であり、企業の存続にも大きく関わるでしょう。
ベテラン社員が持つ技術や手法は、企業にとって貴重な財産です。しかしベテラン社員は、じきに定年で退職する日がやって来ます。また、定年前に退職するケースもあります。
貴重な財産であるベテラン社員の技術を次の世代に伝えることができなければ、生産性は低下し、競合他社との競争力が落ちます。
生産性や競争力の低下を防ぐためにも、技術伝承に力を入れなくてはなりません。技術伝承は、企業にとって確実に実行しなくてはならない業務なのです。
技術伝承と技能伝承の違い
技術伝承と技能伝承は似ていますが、伝える内容や方法に違いがあります。簡単に言えば、技術伝承は方法やノウハウを伝えること、技能伝承とは所作や能力を伝えることです。
企業における技術伝承は、ベテラン社員が持つ技術や手法を、企業内の次の世代や若手社員に伝えることです。既存の技術や知識・手法を活かすことで、新たな技術開発や業務改善にもつながります。
技能伝承は主に、伝統芸能や伝統工芸の分野で多く用いられます。企業のノウハウを次の世代に伝える表現は、技術伝承が適切と言えます。
技術伝承の課題
ベテラン社員が持つ高度な技術や手順・スキル・方法などは、効率よく確実に次の世代に伝えなければなりません。技術伝承ができていない企業は、生産性や競争力が低下していきます。
技術伝承についての問題や課題を抱えている企業は、多く存在します。では、実際に、どのような問題や課題があるのでしょうか。
最も大きい課題は、高度な技術を持つベテラン社員の高齢化です。ほかにも技術を伝承するための時間の不足や、若手社員とベテラン社員の交流減少、OJTの体制の整備不足、マニュアル化への困難さやマニュアルを上手く活用できていないなど、多くの問題や課題があります。
ベテラン社員が高齢化している
ベテラン社員は多くの技術や知識・手法を身につけています。ベテラン社員が持つ技術や知識は、企業にとって重要で貴重な財産であり、若手社員など後継者に伝え、受け継がなくてはなりません。
しかし高齢化が進むなかで、ベテラン社員が持つ技術や知識を若手社員へ完全に引き継ぐ前に、ベテラン社員が定年で退職するケースや、ベテラン社員が突然退職する場合があります。貴重な財産である技術を伝承できていない企業は、少なくありません。
とくに、製造業における高齢化は深刻です。近年では、団塊の世代が多く定年退職した年である「2007年問題」が、企業にとって大きな問題となりました。
2007年は定年退職するベテラン社員が多すぎて、ベテラン社員が持つ技術や知識・ノウハウを企業内で次の世代に引き継ぐことが追いつかず、生産性が低下した企業もありました。2007年よりもさらに高齢化が進んだ現在、2007年問題と同様の悩みを持つ企業は多いのです。
技術を伝承するための時間が不足している
技術を伝承するためには、時間が必要です。しかし、通常業務に追われている社員の時間は限られており、通常業務以外に技術伝承に使う時間を確保できない傾向にあります。
とくに、若手社員は時間が不足しがちです。通常業務を優先し、通常業務以外の時間を確保することが難しいため、技術伝承がより困難になっています。
近年は働き方改革により、多くの企業の労働時間が短くなる傾向にあります。短い労働時間のなかで、技術伝承のための時間を取れない社員が多いのです。
若手社員とベテラン社員の交流が少ない
若手社員とベテラン社員の交流が少ないという問題もあります。社員間の交流が少ないと、技術伝承は進みません。技術伝承には、ベテラン社員と若手社員の交流が必要不可欠です。
若手社員とベテラン社員の交流や接点が少ないのは、世代間の考え方の違いによることが原因の場合もあります。若手社員とベテラン社員の間には、考え方や価値観の違い(ジェネレーション・ギャップ)が存在します。
多くのベテラン社員は若い頃、先輩社員の技術を目で見て学び、自分自身で研究し技術を身に付け成長してきました。そういった職人気質のベテラン社員たちは、若手社員に手取り足取り教えることをしない傾向です。
一方で、控えめな若手社員も多くいます。控えめな若手社員たちは、ベテラン社員に教えを請いに行かない傾向があります。若手社員とベテラン社員が交流する機会や時間・接点が少なければ、技術伝承は困難になってしまいます。
OJTの体制が整っていない
OJTとは、On-The-Job Trainingの略です。企業内の職場や現場における、実践的な研修を意味します。ベテラン社員と若手社員が現場で一緒に仕事をすることにより、若手社員が業務に必要な技術や知識・手法を習得する研修方法です。
OJTでは、現場でベテラン社員が若手社員に直接指導やアドバイスを行います。OJTを受ける側の若手社員は、新しい業務や技術・スキルについてベテラン社員から直接指導を受け、習得できるというメリットがあります。
新しい業務や技術・スキルをOJTで習得することは、若手社員にとって貴重な経験や財産となります。若手社員が育つことは、企業にとっても有益です。
OJTを実施するためには、教える側のベテラン社員が十分な指導力を持っていなければなりません。しかし、教える側のベテラン社員に、OJTをするための指導力が不足しているケースも多々見受けられます。
OJTを行うためには、教える側であるベテラン社員が、技術や手法を教えるための指導力をつけることが先決です。
マニュアルに落とし込むのが難しい
ベテラン社員の高度な技術や手法を言語化し、マニュアルに記載することは簡単ではありません。技術や手法は、経験や実践によって習得されるものであり、言語化しにくい部分が多いためです。
ベテラン社員は、状況により異なる手順や方法をとる場合があり、同じ手順や方法がすべての状況で使われるわけではありません。状況に応じた手順や方法は、ベテラン社員の経験則や勘によることが多いのです。
こうしたベテラン社員の技術や手法を言語化し、記載したマニュアルを作ることは容易ではないでしょう。しかし、ベテランの技術や手法を伝承するためには、現場での実践や経験をもとにしたマニュアルが必要です。
マニュアルを上手く活用できていない
技術や手法を社内の若手社員に伝えるうえで、とても重要な役割を果たすのがマニュアルです。しかし言語化が難しい技術や手法が多く、結果として、時間をかけて作ったマニュアルが不完全でわかりにくい場合があります。
また、一度作ったままで更新されず、古いままのマニュアルを使っている企業もあります。わかりにくいマニュアルや、古いままで更新されていないマニュアルは、活用にいたらないでしょう。
また、マニュアルを担当する責任者や部署が社内に存在せず、マニュアルの運用が止まっているケースもあります。技術を伝承するためにはマニュアルを作成し、マニュアルを維持管理するための担当者や部署が必要です。
企業は、確実に技術を伝承するための分かりやすいマニュアルを作り、マニュアルの運用を継続する必要があります。
技術伝承の課題を解決する方法
企業が存続するためには、ベテラン社員の技術を次の世代に継承することが必要不可欠です。しかし、現代の企業は高齢化が進んでおり、ベテラン社員の定年退職や人事異動などにより、技術が失われるリスクが高まっています。
ベテラン社員の技術は、貴重な財産です。ベテラン社員の高齢化により、貴重な技術の損失を防ぐ方法として、技術伝承への理解、技術の可視化、技術の整理、そしてわかりやすいマニュアルの整備があります。
技術伝承に対する理解
技術を伝承するためには、技術の伝承を重視し、社員に技術伝承の意義を理解させる必要があります。技術の歴史や、文化的背景を社員に教えることも必要でしょう。歴史的な背景や文化的意義を理解することで、技術を継承する興味や意欲がわきます。
技術伝承について何も対策をしないでいると、ベテラン社員の技術は伝承されないまま消えてしまいます。さらには、自分が持つ技術の重要性にベテラン社員自身が気付いてない場合もあり、ベテラン社員は若手社員に技術を伝えないまま定年退職するケースもあります。
技術伝承に対する理解を深めることは、ベテラン社員の技術を次の世代に伝承するうえで、とても重要です。
技術の可視化
技術伝承の課題を解決するためには、技術の可視化が必要です。図や映像・画像を使い、ベテラン社員の技術を視覚的に表現します。視覚的に表現した技術についての解説や、注釈も有効です。
図や映像・画像を使い可視化することのメリットは、難しい技術の細かいニュアンスが伝えやすくなることです。ベテラン社員の技術や手法を撮影し、ヒアリングすれば、可視化されたマニュアルを制作できます。
図や映像・画像を使う可視化されたマニュアル制作は、撮影がメインです。多くの場合、文章を主体とするマニュアル制作よりも難しくありません。
技術の整理
技術が伝承される過程で、技術の情報が失われることがあります。また、技術が進化するにつれ、新しい技術が古い技術と置き換わることがあります。有益な古い技術が失われないようにするためには、新旧それぞれの技術の整理が必要です。
技術の整理は、ベテラン社員の技術を並べ、分類することから始まります。その際、ベテラン社員はもちろん、技術を受け継ぐ若手社員も同席すべきです。
技術の整理をベテランと若手が一緒に行うことにより、ベテラン社員の技術について、若手社員に共有されているか、現状を確認することができます。知らない技術や手法はもちろん、知っている内容についてもすべて書き出しましょう。
共有されている技術についても、ベテラン社員の手法は若手社員の参考になる場合があります。ゴールは同じでも、違うルートがよいこともあるのです。世代が異なる社員同士で技術を整理し見直すことは、新たな発見にもつながります。
技術を整理することで、有益な古い技術が失われることを防ぐことができます。新旧の技術を融合し、生産性を向上させるためにも、技術の整理は重要です。
わかりやすいマニュアルの整備
技術伝承をスムーズに行うためには、わかりやすいマニュアルの整備が必要です。ベテラン社員の高齢化により、技術継承は難しくなりつつあります。技術を継承するためのツールとして、マニュアルを整備し活用しましょう。
マニュアルに載せるべきは、技術についての手法や手順だけではありません。技術を使った業務の目的・背景・技術の位置付け・過去の事例(成功や失敗)・注意点も重要な項目として、マニュアルに記載すべきです。
すでにマニュアルがある企業は、マニュアルに伝承すべき技術や手法が盛り込まれているか、わかりやすい内容になっているか、確認と見直しが必要です。マニュアルがない、またはあっても簡易的な手順書レベルであれば、技術伝承をきっかけにマニュアルを見直しましょう。
マニュアルを作成する際には、読み手の視点に立った内容の整理、図解や写真などを用いた視覚的な表現など、工夫が必要です。
マニュアルは、技術を伝えるうえでとても重要なツールです。マニュアルを整備することで、技術の共有が可能になります。マニュアルを制作する際は、ベテラン社員自身がわかりやすく見やすいと思えるように整備することが肝要です。
技術伝承でマニュアルを活用するコツ
技術伝承をスムーズに進めるためには、マニュアルが必要です。マニュアルを活用するコツは、OJTの体制を整える、画像や動画を用いる、最新のノウハウを反映する、そしてマニュアル公開後も更新し続けることです。
OJTの体制を整える
技術伝承のマニュアルは、技術の共有化や継承において、とても重要なツールです。社員の教育やトレーニングにも役立ちます。技術伝承のマニュアルを使って、OJTの体制を構築することも可能です。
OJTは、実践的なスキルや知識を習得するためには必要不可欠な手段です。技術伝承のマニュアルを活用してOJTを行うことで、社員のスキルアップを促進し、企業の技術力や生産性の向上につなげることが可能です。
OJTを推進するためには時間が必要です。とくに製造業では、クライアントからの注文品を製造することが優先され、OJTは後回しにされがちです。しかし、企業が存続するためには、OJTを推進し、技術伝承を確実に行う必要があります。
時間がかかるOJTを推進し、技術伝承をスムーズに行うためには、経営者の判断と指示が必要です。現場レベルでのOJT推進には限界があるため、OJTを経営者の指示として全社的に取り組み、技術伝承を進めなくてはなりません。
製造業におけるOJTは、多能工化にも役立ちます。多能工化の特徴については、こちらをご覧ください。
画像や動画を用いる
画像や動画を活用することで、技術伝承はスムーズに進みます。画像や動画で技術に関する手順や操作方法を解説することで、直感的に理解しやすくなるのです。
画像や動画は、文字情報だけでは伝えきれない細かい技術的な点や、実際の作業現場をリアルに伝えることができます。画像や動画を活用することで、より多くの社員に技術を伝えることが可能です。
画像や動画を用いた技術伝承マニュアルには、質のよい素材となる画像と動画が必要です。また技術的な点や、安全上の注意点なども記載し、伝える必要があります。
画像や動画をマニュアルに用いれば、より正確な技術伝承が可能になるだけでなく、記録として活用することもできます。
最新のノウハウを反映する
技術伝承においては、過去の経験や知識が重要ですが、最新のノウハウをマニュアルに反映することも重要です。従来の方法よりもさらによい方法や、改善点が出てきた場合、すぐにマニュアルに反映して追記しましょう。
ベテラン社員ごとに違うフォームで記録されていた技術が、マニュアルにより統一され、標準化が推進された場合、技術伝承はスムーズに進みます。
企業にとって、ベテラン社員の技術と最新の技術やノウハウがマニュアルとして保存されることはとても有益です。ベテラン社員が突然退職した場合も、ベテラン社員と同時に技術を失わずに済むでしょう。
最新のノウハウをマニュアルに反映することは、技術や手法の効率化と生産性の向上、品質の向上につながります。また、競合他社との差別化も図れます。
公開後も更新し続ける
技術伝承のマニュアルは、一度完成し公開された後も、更新を続けることが重要です。技術は新しい発見や改良により、常に進化し続けています。新しい技術や機械などのツールが導入された場合には、古いマニュアルでは対応できないこともあります。
技術伝承のマニュアルを常に更新することで、最新の情報やノウハウを共有し、社員はより効率的に作業を行うことが可能です。マニュアルの更新は、社員のスキルアップと企業の発展にもつながります。
まとめ
企業にとって、技術伝承はとても重要です。技術伝承を推進するためには、マニュアルを作成することが必要不可欠です。
しかし、企業自身がマニュアルを作成するには、限界があります。マニュアルを作成するためには時間と労力、スキルを要します。
マニュアル制作のプロにアウトソーシングすれば、技術伝承のマニュアル制作はスムーズに進みます。また、マニュアルを制作するプロは、外部から第三者的な目線で技術伝承を観察するので、内部では見落としていた技術や手法に気が付いたり、発見したりする場合もあります。
多忙を極める企業は、マニュアル制作をプロにアウトソーシングするのもひとつの選択肢です。マニュアル制作をアウトソーシングすることで、技術伝承にかかる時間と労力を節約し、技術伝承のための有益なマニュアルを保有・維持し続けることができます。